大判例

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東京高等裁判所 平成11年(う)1873号 判決

論旨は,要するに,被告人が所持していた覚せい剤は,違法な任意同行及び所持品検査により発見押収されたものであり,また,鑑定資料とされた被告人の尿は,右のような違法な手続が先行する中で採取されたものであるから,いずれも証拠能力を否定すべきであり,これら及び関連証拠の証拠能力を肯定して被告人を有罪とした原審の措置には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。

そこで検討すると,原審記録のほか,当審での事実取調べの結果を併せると,被告人に対する任意同行,所持品検査及び採尿手続に関し,所論が指摘する違法な点はなかったものと認められ,原審が覚せい剤や尿の鑑定書等関連証拠の証拠能力を肯定したのは正当である。以下,所論にかんがみ,説明を付加する。

任意同行について

所論は,本件任意同行の前日における警察官の行動及び本件任意同行時の警察官による有形力の行使を問題にしているところ,当審証人Aの証言を含む関係証拠によれば,以下の各事実を認めることができる。すなわち,

1 警視庁浅草警察署のB警部補は,別件強盗致傷の被疑事実で逮捕したX男がその逮捕の直前まで被告人と行動をともにしていたことなどから,同事件の参考人として被告人から事情を聴こうと考えていたところ,本件任意同行の前日である平成11年5月6日午後2時ころ,浅草の通称ひさご通りにおいて,被告人と会うことができ,被告人に署まで同行するように求めたが,被告人から承諾を得られず,さらに説得を重ねて同行を求めたにもかかわらず,被告人がタクシーを停めて乗り込んだため,その閉まったドアを開けさせて後部座席に乗り込んで説得しようとした。その後,被告人から,友人と会ってから午後4時に警察に行くとの申し出があり,同警部補がこれを了承したが,被告人は,被告人を尾行しないという約束を同警部補が破ったとして,警察署に出頭しなかった。

2 同警部補は,翌5月7日午前9時55分ころ,浅草の公園本通りにあるパチンコ店の前で偶然被告人に会い,前日の約束を破ったことを問い質したところ,被告人は,「用事があるので挨拶してくる」などと言うなり近くの第三甲野ビルに入って行った。同警部補は,被告人に対する説得のため電話で応援を要請し,捜査用車両で到着した3名の警察官とともに被告人が出てくるのを待ったが,被告人は同ビルを出て警察官の存在に気付くや,警察官らとは逆の方向に走りはじめたので,同警部補らがこれを追いかけた。被告人は,通りを隔てた浅草公園町会会館の中に裏出入口から駆け込み,1階の階段ホール付近に身を隠していたが,同会館の事務員Aからその所在を教えられた同警部補やC巡査部長に間もなく発見され,説得されて直ちに同行に応ずることにし,警察官に腕を持たれながらも,観念した様子で素直に歩いて捜査車両まで行き,同車に乗って浅草警察署に赴いた。

以上である。

所論は,まず,前日に警察官が被告人の乗車するタクシーに強引に乗り込んだ点について,原判決が「その相当性に問題がないとはいえないが,このことが翌日の任意同行に直接的な影響があったとは認められない」と説示しているのは不当であり,前日の行為が翌日の行為に影響がないと断ずることはできないと主張している。

しかしながら,所論のいう「影響」の意味内容が明らかではないが,別件強盗致傷事件に関し被告人に対する事情聴取を重視していたB警部補が,本件の前日に,同行に応ずるよう説得するためにやや強引な措置をとったからといって,そのことが,本件当日の任意同行の適法性判断に直接的な関連を有するものとは考えられない。原判決の説示も同旨をいうものと解され,もとより正当である。

次いで,所論は,本件任意同行に際しては,同行を強く拒否する被告人が足を痛めるほどの警察官による不当な有形力の行使があり,複数の警察官が被告人を強制的に連行したに等しいから,その違法性の程度は高いなどと主張している。

しかしながら,被告人が前記浅草公園町会会館に逃げ込んだ後,同行に応じた状況は前記認定のとおりであり,被告人は,警察官に発見されるや,観念してその説得に従って素直に捜査車両まで赴いたものと認められる。その際に,警察官が軽く被告人の腕を持った事実が認められるものの,強盗致傷事件という重大事件の参考人として事情聴取を実施すべき捜査上の必要性があったことに加え,再三同行を拒み続け,その直前に逃走を図った被告人の一連の言動等に照らし,右の措置は,同行を求めるために伴う必要最小限度の有形力の行使であったと解するのが相当である。この点に関し,被告人は,前記会館内の階段ホール付近で警察官に無理矢理腕を引っ張られてバランスを崩したため,左足の親指を捻挫する傷害を負い,警察官に対し「痛いから放せ」などと言っても受け入れられず,痛い足を引きずられるように連行された旨を強調し,所論に沿う供述をしている。しかし,被告人が警察官とともに会館内を歩いて出ていく様子を目撃した当審証人Aは,被告人が同行を嫌がったり,足を痛がったりする状況はもとより,被告人が警察官に足の痛みを訴えている場面についても見ておらず,逆に,抵抗などを示すことなくおとなしく普通に歩いていたとしているのであって,これが被告人の供述内容と大きく矛盾することが明らかである。客観的かつ中立的な立場で同行の状況を目撃した同女の証言内容に疑いを容れる余地はなく,同証言に反する被告人の供述は信用することができない。

さらに,所論は,被告人は警察官によって捜査車両に強制的に乗車させられた上,乗り込んだ後も強く降車させるように求めたにもかかわらず,これを無視された旨を主張し,被告人もその旨供述している。

しかしながら,前記認定のとおり,浅草公園町会会館内から観念して素直に同行に応じた被告人が,近くに停められた捜査車両に乗る段階になって急に翻意して強い抵抗を示したり,乗り込んだ後になって降車を強く求めるなどしたとは考え難いというべきである。この点に関する原審証人B及び同Cの各証言を採用し,所論が指摘するような乗車時における不当な強制等の事実は認められないとした原判決の判断に誤りはない。

以上のとおり,被告人に対する任意同行に際し,警察官による不当な有形力の行使などこれを違法とすべき事情の存在を認めることはできない。

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